此隅山城
と周辺のフカボリ此隅山城
此隅山城は**山名時義**が出石神社の北にある標高140mの此隅山に築いた城です。「応仁の乱」の際には此隅山城に山名の各領国から計2万6000騎の軍勢が集まり、**山名持豊**(宗全)はこの城から京都へ出陣しています。1569年(永禄12年)、**山名祐豊**のときに**羽柴秀吉**に攻められ落城し、祐豊はより高所にある[有子山城](/castle/289/)に居城を移して廃城となりました。現在は有子山城とともに「山名氏城跡」として国の史跡に指定されています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:このすみやまじょう
縄張形態:山城
標高(比高):140.000m(--)
築城主:山名時義
築城開始年、完了年:1372年(文中元年/応安5年)
廃城年:1569年(永禄12年)
主な城主:山名氏
遺構:石垣
指定文化財:国史跡
<電車でのアクセス>
| エリア |
兵庫県豊岡市
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|---|---|
| 住所 |
兵庫県豊岡市出石町
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| 地図アプリで見る大きな地図で場所を見る | |
| URL | |
| 俗称 |
子盗城
此隅城
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| 作者 |
山名時義
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関連情報
| 分類 | 城 |
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