最先端だった旧八幡郵便局
近江八幡市仲屋町にある旧八幡郵便局へ行ってきました。
大正10年(1921年)に建築家ウイリアム・メレル・ヴォーリズが設計した近江八幡の旧市街中心部に建つ旧八幡郵便局。アーチ型の正面玄関に大きな郵便のマークと和洋折衷的な屋根が特徴的なヴォーリズ建築の初期の作品。
郵便局閉鎖後は老朽化していましたが、現在は「NPO法人 ヴォーリズ建築保存再生運動 一粒の会」によって再生活用されています。
1階のフロアー。
大きなカウンターがあり、窓が多く部屋の中央には天窓もあり、とても明るくて風の通りもよい設計。
局長室とされている部屋。
後に電報電話事業がここで行われました。現在は、イベントや芸術教室に貸し出し利用されている場所です。
局長室に日当たりがよく、開放的な窓が並んでいます。
風の通りもよさそうです。
壁には電話番号らしきプレートが残っています。これって電電公社のマークでしょうか。
当時の郵便局の電話番号だったのかもしれません。
珍しい紫水晶のドアノブ。魔除けになるそうです。幸運を呼ぶ白い水晶のドアノブもありました。全部輸入品だそうです。ちなみに金属ノブもひとつありました。
ここは、郵便の集配室だった場所。現在は骨董品を販売陳列しています。
当時は、私書箱がここにあったそうです。ちょうど正面の格子窓のある下部分。
お客さんが鍵をもって、24時間いつでも外から郵便を受け取ることができてとても便利だったそうです。
集配室を外側から見ると、サッシ部分が金属でできていることがわかります。すべりよく荷物を運び入れることができます。今はもう、さびついています。
近江八幡駅に到着した郵便物は、大八車でこの建物横の通路を通って、藤のかごに入れた状態で窓から受け渡しをしていたそうです。
再び局内へ。なめらかな天井の梁。壁の白さと調和してとてもきれいです。
2階へつづく裏手へ行って見ます。
井戸があり、2階への階段とその手前には、市民ボランティアの方々が作った手作りのトイレがあります。なかなかかわいいトイレです。
トイレの天井にも天窓があります。太陽光が入って明るい。
換気口かもと思ったら、以前はお風呂があった場所だそうです。
下にはレンガで洋風に、窓は和風な感じ。
ぼこぼことした不揃いなレンガは、焼き損じの不良品のレンガを再利用したもの。
私が特に気になった場所はここでした。2階への上がる階段のてすり。
右側の手すり半分は壁に埋まっています。間口が狭い階段だからこその工夫でしょうか。
左側の手すりは柱に半分くっついた状態なのか、埋まった状態なのか。
かなりおもしろいです。
複雑に柱に入り組んでます。
右の手すりは半分埋まっていますが、左の手すりは幅も大きく、すごくなめらかで、とてもさわり心地のよいものでした。
2階は電話交換室で交換手の若い女性10名ほどが、交代制の24時間勤務をしていました。2階は女子ばかりの職場だったそうです。
電話交換の最新機械が配置されていたのでしょう。
ブレーカーの箱がこんなところにありました。
天井には電気配線の痕跡がそこらじゅうにあり、壁にも配線するための穴がいくつかあけられています。
電話交換手の女性が休憩する部屋の入口ドアノブ。若干紫がかった水晶。
当時のことを知る方の話しでは、建物の前にあった大きな木に男性がよじ登って、夜間勤務する恋人の女性に会いに来ていたこともあったとか。
なんか、きゅんとくる話です。
休憩する部屋のすりガラス。模様がとてもきれいです。
氷の結晶のような模様。どんな風にしてこの模様が出来上がるのでしょう。
床板が細かく抜けるようになっています。パンフレットを見ると、床下配線ピットという部分でしょうか。大正時代としては最先端のつくりだったようです。
屋根の部分の軒裏。和洋折衷的。
2階から見た天窓の部分。かなり大きい窓で日当たりがかなりよさそう。
1階の窓はウインドアーチ。まっすぐの木材をアールカットして構成しているそうです。きれいなアーチ型。
何かのマークがあった形跡が。屋根がここで切れています。
色々と見せていただいて、今の状況をみてみると、本当によく、しかもきれいに修復されているなぁと思いました。一粒の会の存在に感謝です。
この一帯は町ぐるみで保存活動に力を入れておられるようで、まちなみを歩くのがとても楽しかったです。
ここでのお話を聞くにつけ、その時代のドラマや映画が1本できそうな感じがしました。
最先端の職場で勤務していた人は、どんな風にここで過ごしていたのでしょう。
Comment
コメント