撫川城
と周辺のフカボリ撫川城
撫川城は三村家親が宇喜多直家に備えるために築かせた城だと伝えられています。「備中兵乱」で三村氏が滅亡してからは毛利氏の出城となりました。1582年(天正10年)羽柴秀吉による毛利攻めの際には、毛利方の国境防備の城「境目七城」のひとつとして、井上有景を城主として守備しましたが、羽柴軍に敗れました。その後は宇喜多氏の領有となり廃城となりますが、江戸時代に入って戸川達冨が城の跡地に撫川陣屋を設けました。現在は撫川城址公園として整備されています。また1957年(昭和32年)には岡山県の指定史跡に指定されました。
提供元:(C)攻城団
よみがな:なつかわじょう
縄張形態:平城
築城主:三村家親
築城開始年、完了年:1559年(永禄2年)
廃城年:1869年(明治2年)
主な改修者:戸川達冨
主な城主:井上有景、戸川達冨(5千石)
遺構:石垣、堀、知行所総門
指定文化財:県史跡
<電車でのアクセス>
- JR山陽本線・庭瀬駅
| エリア |
岡山県岡山市北区
|
|---|---|
| 住所 |
岡山県岡山市北区撫川
|
| 地図アプリで見る大きな地図で場所を見る | |
| URL | |
| 俗称 |
沼城
撫川陣屋
|
| 作者 |
三村家親
|
