庭瀬城
と周辺のフカボリ庭瀬城
庭瀬城は撫川城と同様に三村氏が宇喜多直家に備えるために築いた城です。関ケ原の戦いにおいて、宇喜多氏の家臣であった戸川達安は主家の意向に反して東軍に属し、戦功を挙げた(石田三成の重臣である島清興を討ち取ったともいう説もあります)ことにより備中庭瀬に3万石を与えられました。達安は撫川城に入城し、庭瀬城を取り込む形で拡張し、庭瀬陣屋として整備しました。1699年(元禄12年)に板倉重高が2万石で入封し、明治維新までの約170年間、板倉氏が庭瀬藩主を務めました。現在、城址(陣屋跡)には清山神社があります(清山神社は板倉勝喜が建立)。近隣の松林寺は板倉氏の菩提寺で庭瀬城主宗廟があります。
提供元:(C)攻城団
よみがな:にわせじょう
縄張形態:平城
築城主:三村元親
築城開始年、完了年:1559年(永禄2年)
廃城年:1869年(明治2年)
主な改修者:戸川達安
主な城主:戸川達安(2万9千石)、板倉勝喜(2万石)
遺構:石垣、堀
<駐車場について>
清山神社の北側にあり
<電車でのアクセス>
- JR山陽本線・庭瀬駅
<駐車場について>
清山神社の北側にあり
| エリア |
岡山県岡山市北区
|
|---|---|
| 住所 |
岡山県岡山市北区庭瀬
|
| 地図アプリで見る大きな地図で場所を見る | |
| URL | |
| 俗称 |
芝場城
庭瀬陣屋
|
| 作者 |
三村元親
|
関連情報
| 分類 | 城 |
|---|