大給城
と周辺のフカボリ大給城
大給城は大給松平氏の居城として知られています。1507年〜1510年(永正3〜7年)には武田氏の侵攻に備えて、松平乗元とその子乗正により大改修が行われましたが、徳川家康の関東移封に伴い、廃城となりました。大給城の見どころは城址に多数ある巨石群と、全国的にも珍しい「水ノ手曲輪」といわれる「ダム」の存在です。水を溜め込み、水堀と水利、両方の役割を果たすために活用されました。現在は大給城址公園として整備されており、縄張図や遺構を示す看板などが設置されています。また、付近には松平乗元の墓が設けられています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:おぎゅうじょう
縄張形態:山城
標高(比高):207.000m(130.000)
築城主:長坂新左衛門
築城開始年、完了年:15世紀末
廃城年:1590年(天正18年)
主な改修者:松平乗元、松平乗正
主な城主:大給松平家
遺構:堀切、曲輪、石塁、櫓台
指定文化財:国史跡(「松平氏遺跡」のうちのひとつ)
<駐車場について>
城址へ続く散策路には、数台の駐車スペースあり
<駐車場について>
城址へ続く散策路には、数台の駐車スペースあり
| エリア |
愛知県豊田市
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|---|---|
| 住所 |
愛知県豊田市大内町
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| URL | |
| 俗称 | |
| 作者 |
長坂新左衛門
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