淀古城
と周辺のフカボリ淀古城
淀古城は豊臣秀吉が側室である茶々に産所として与えた城です。茶々が「淀君」と呼ばれる由来となった城でもあり、鶴松が産まれた城でもあります。いわゆる「秀次事件」の際に当時の城主であった木村重茲が秀次を弁護したことから連座の罪に問われ、城も廃城となりました。多くの資材は伏見城(指月山伏見城)建築に使用されたと伝えられています。現在、城址は宅地化が進んでおり、遺構は残っていませんが、唯一妙教寺に石碑が建てられています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:よどこじょう
縄張形態:平城
天守の種類:非現存
天守メモ:
1588年(天正16年)に豊臣秀吉は愛妾茶々の産所にあてるべく、淀城修築に着工、翌年には天守をあげたが、産まれた鶴丸が3歳で病死したため1594年(文禄3年)に破却された。このときの天守は指月山伏見城に移築されたという説もある。
築城主:畠山政長
築城開始年、完了年:室町時代中期
廃城年:1595年(文禄4年)
主な改修者:明智光秀、羽柴秀長
主な城主:薬師寺元一、細川氏綱、三好義継、金子某、木村常陸介
<駐車場について>
- 納所交差点にコインパーキングあり
<電車でのアクセス>
- 京阪電車本線・淀駅から徒歩約10分
<車でのアクセス>
- 京滋バイパス・久御山淀IC→京都府道15号宇治淀線→京都府道126号新町淀停車場線→京都府道・大阪府道13号京都守口線
<駐車場について>
- 納所交差点にコインパーキングあり
| エリア |
京都府京都市伏見区
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|---|---|
| 住所 |
京都府京都市伏見区納所北城堀46
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| URL | |
| 俗称 |
藤岡城
淀城
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| 作者 |
畠山政長
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