亀岡城
と周辺のフカボリ亀岡城
亀山城は織田信長の命を受けた明智光秀によって、丹波統治の拠点として築かれた城です。本能寺の変の際に、光秀が出陣したのもこの城でした。山陰道の入口にあたる要衝であるため、豊臣秀吉や徳川家康にも重要拠点として活用されました。家康は譜代大名である岡部長盛を入封させ、さらに天下普請により西国大名に命じ近世城郭として修築させています。このときには築城の名手と謳われる藤堂高虎が縄張りを担当しました。現在、遺構はほとんど残っていません。天守台の石垣も積み直されたものです。唯一、城門(新御殿門)が千代川小学校に移築されています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:かめおかじょう
縄張形態:平山城
天守縄張、天守形式:複合式層塔型
天守の階数:5重5階
天守の種類:非現存
天守の高さ:25.000m
天守台石垣の高さ:6.000m
天守の広さ(延床面積):886.210平方メートル
天守メモ:
明智光秀によって3重3階の天守があげられたが、1593年(文禄2年)に小早川秀秋によって5重5階に改築された。この天守のその後については不明であるが、明治5年(1872年)に撮影された天守は慶長14年(1609年)以降に建てられたものと思われる。なお、今治城天守を移築したという説もあるが詳細は不明。天守は1877年(明治10年)に解体された。
築城主:明智光秀
築城開始年、完了年:1577年(天正5年)(1578年(天正6年))
廃城年:1877年(明治10年)
主な改修者:岡部長盛
主な城主:明智氏、羽柴氏、石田氏、岡部氏
遺構:石垣、堀
<亀岡城の見学情報・施設案内(更新日:2014-08-22)>
営業時間:
- 現在城址には宗教法人大本の本部が置かれているため、見学するには受付(みろく会館)で許可を取る必要がある
料金(入城料・見学料):
- 無料
トイレ:
- みろく会館内にあり
写真撮影:
可
<駐車場について>
- 駅周辺にコインパーキングあり
<電車でのアクセス>
- JR嵯峨野線・亀岡駅から南へ徒歩10分
- ※城門移築先の千代川小学校にはJR嵯峨野線・千代川駅から西へ徒歩5分
<車でのアクセス>
- 京都縦貫自動車道・亀岡ICから10分
<駐車場について>
- 駅周辺にコインパーキングあり
エリア |
京都府亀岡市
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住所 |
京都府亀岡市荒塚町内丸1
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URL | |
俗称 |
丹波亀山城
亀宝城
荒塚城
霞城
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作者 |
明智光秀
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