一ツ戸城
と周辺のフカボリ一ツ戸城
一ツ戸城は友杉民部によって築かれたといわれています。友杉氏は中間氏・一戸氏・大江氏などと称しており、黒田官兵衛が豊前国主となったときの城主である中間統胤は周辺の領主とともにいったんは抵抗するも臣従し、傘下に加わりました。豊後・筑後との国境に近かったため戦略的に重要視され、黒田氏に代わって豊前に入封した細川忠興の時代も支城のひとつとして維持されましたが、元和の一国一城令によって廃城となりました。現在、城址には細川期に整備された石垣などが残っています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:ひとつどじょう
縄張形態:山城
標高(比高):365.000m(190.000)
築城開始年、完了年:1195年(建久6年)
主な城主:中間弾正
遺構:曲輪、石垣
指定文化財:市史跡
<電車でのアクセス>
| エリア |
大分県中津市
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|---|---|
| 住所 |
大分県中津市耶馬渓町宮園字一ツ戸
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| URL | |
| 俗称 |
中間城
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| 作者 | |
関連情報
| 分類 | 城 |
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