吉田郡山城
と周辺のフカボリ吉田郡山城
吉田郡山城は毛利氏の居城として知られ、山全体を要塞とする巨大な城郭でした。この城はのちに毛利輝元が広島城へ移るまで使われました。「吉田郡山城の戦い」の舞台でもあり、尼子詮久(後の尼子晴久)率いる2万の軍に包囲されながらも籠城して撃退した城です。現在は調査や整備が進められており、城址内には毛利元就や隆元など毛利一族の墓所のほか、「三本の矢」の伝説を記念した石碑や百万一心碑があります。また山麓には毛利元就像が建てられています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:よしだこおりやまじょう
縄張形態:山城
標高(比高):389.000m(200.000)
天守メモ:
毛利輝元時代には3重3階の天守があったという説もあるが、詳細は不明である。
築城主:毛利時親
築城開始年、完了年:1336年(建武3年)
廃城年:1591年(天正19年)
主な改修者:毛利元就、毛利輝元
主な城主:毛利氏
遺構:曲輪、石垣、土塁、堀切、井戸
指定文化財:国史跡
<吉田郡山城の見学情報・施設案内(更新日:2013-11-17)>
料金(入城料・見学料):
無料
休み(休城日・休館日):
年中無休
<電車でのアクセス>
- JR芸備線・吉田口駅
<車でのアクセス>
- 中国自動車道・高田IC
| エリア |
広島県安芸高田市
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|---|---|
| 住所 |
広島県安芸高田市吉田町吉田字郡山
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| URL | |
| 俗称 | |
| 作者 |
毛利時親
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