瀬田城
と周辺のフカボリ瀬田城
瀬田城は「急がば回れ」の語源ともなった瀬田橋(瀬田の唐橋)の防衛を目的に山岡氏によって築かれた平城で、膳所城や大津城、坂本城と並ぶ「琵琶湖の浮城」のひとつです。城主の山岡景隆は織田信長からの信頼が厚く、信長は上洛のたびに瀬田城を宿所としていました。1582年(天正10年)に起きた「本能寺の変」で信長を討った明智光秀は、安土城を占拠するため瀬田橋に軍を進めたが、その際に景隆は信長への忠義を守り、瀬田橋を焼き落とし明智光秀の軍を阻みました。これにより明智光秀はいったん兵を引かざるを得なくなり、天下の趨勢に大きな影響を与えています。現在は石碑だけが残っています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:せたじょう
縄張形態:湖城(平城)
築城主:山岡景房
築城開始年、完了年:1429年(永享元年)
廃城年:1582年(天正10年)
主な城主:山岡氏
遺構:石垣
<瀬田城の見学情報・施設案内(更新日:2013-11-17)>
トイレ:
なし
<駐車場について>
なし
<電車でのアクセス>
- 京阪電鉄石山坂本線・唐橋前駅から徒歩5分
<車でのアクセス>
- 名神高速道路・瀬田東ICから約5分
- 名神高速道路・瀬田西ICから約5分
<駐車場について>
なし
| エリア |
滋賀県大津市
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|---|---|
| 住所 |
滋賀県大津市瀬田2-13
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| URL | |
| 俗称 |
勢多城
山岡城
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| 作者 |
山岡景房
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