玉縄城
と周辺のフカボリ玉縄城
玉縄城は北条早雲によって、三浦半島に本拠を置く相模国の最大勢力である三浦氏を攻略するための拠点として築かれた城です。城主には早雲の次男、北条氏時をはじめとして、代々小田原北条氏の近親者が務めました(玉縄北条氏と呼ばれています)。玉縄城は上杉謙信に「この城当国無双の名城なり」といわしめるほどの堅城で、約80年にわたって一度も落ちたことがなかったのですが、1590年(天正18年)の豊臣秀吉の小田原攻めの際に、城主である北条氏勝が徳川家康の説得に折れ、無血開城となりました。 本丸跡は現在、清泉女学院中学高等学校の敷地内であるため、見学には事前に学校の許可が必要です(土・日・祝日・学校行事のある日は不可)。なお、校門前に安置されている巨石は、玉縄城遺構の一部といわれています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:たまなわじょう
縄張形態:平山城(丘城)
築城主:北条早雲
築城開始年、完了年:1512年(永正9年)(1513年(永正10年))
廃城年:1703年(元禄16年)
主な城主:北条氏時、北条綱成、北条氏勝、本多正信、松平正綱
<玉縄城の見学情報・施設案内(更新日:2013-11-22)>
営業時間:
- 事前に清泉女学院中学高等学校の許可が必要
料金(入城料・見学料):
- 無料
休み(休城日・休館日):
- 土・日・祝日・学校行事のある日は見学不可
トイレ:
なし
コインロッカー:
なし
<駐車場について>
なし
<電車でのアクセス>
- JR・大船駅から徒歩15分
<車でのアクセス>
- 横浜横須賀道路・日野ICから20分
<駐車場について>
なし
| エリア |
神奈川県鎌倉市
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| 住所 |
神奈川県鎌倉市玉縄地域城廻
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| URL | |
| 俗称 |
甘縄城
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| 作者 |
北条早雲
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