諏訪原城
と周辺のフカボリ諏訪原城
諏訪原城は武田信玄が徳川領であった遠江攻略の出城として築城した城です。城内に諏訪大明神を祀ったことからこの名がついたとされます。武田氏と徳川氏の間で激しい攻防が繰り広げられましたが、1575年(天正3年)には落城して、徳川氏の城となりました。徳川氏時代には「牧野城」と呼ばれましたが、武田氏が滅亡すると存在意義が薄れ、廃城となります。現在は建築物は残っていないものの、甲州流築城術の特徴である丸馬出や三日月堀が残っており、枡形虎口などの遺構も残ります。戦国時代の武田氏・徳川氏の築城様式を知る上でも貴重な城址で、国の史跡に指定されています。また付近には家康が諏訪原城を攻略するために築いた付城である火剣山砦跡もあります。
提供元:(C)攻城団
よみがな:すわはらじょう
縄張形態:山城
標高(比高):218.000m(148.000)
築城主:馬場信春か
築城開始年、完了年:1573年(天正元年)
廃城年:1592年(天正18年)
主な改修者:松平家忠
主な城主:今福顕倍、今川氏真、松平家忠
遺構:土塁、曲輪、堀、馬出、井戸など
指定文化財:国史跡
<諏訪原城の見学情報・施設案内(更新日:2013-12-12)>
写真撮影:
可
<電車でのアクセス>
- JR東海道本線・金谷駅から西へ徒歩20分
- 金谷駅から島田市営のコミュニティバスも利用できる
| エリア |
静岡県島田市
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|---|---|
| 住所 |
静岡県島田市金谷
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| 地図アプリで見る大きな地図で場所を見る | |
| URL | |
| 俗称 |
諏訪之原城
牧野城
牧野原城
扇城
金谷城
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| 作者 |
馬場信春か
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