白石城
と周辺のフカボリ白石城
白石城は蒲生氏郷が会津若松城の支城として築いた城ですが、伊達政宗の右腕であった片倉小十郎景綱の居城として知られています。一国一城令が敷かれる中、特例として認められた数少ない城のひとつです。「大櫓」と呼称された天守に相当する三階櫓は明治初頭の廃城令によって壊されましたが、1995年(平成7年)に当時の姿をほぼ忠実に復元されました。戦後の木造復元天守としては高さ、広さとも日本最大級を誇ります。
提供元:(C)攻城団
よみがな:しろいしじょう
曲輪構成:梯郭式
縄張形態:平山城
標高(比高):75.790m(--)
天守縄張、天守形式:複合式層塔型
天守の階数:3重3階
天守の種類:復元(木造復元)
天守の高さ:16.700m
天守メモ:
蒲生郷成によって文禄年間に3重3階の望楼型天守が築かれた。その後、上杉氏の支配を経て、伊達政宗が奪回した後は城名を白石城に戻し、また徳川家康への配慮から天守を「大櫓」と呼称した。この大櫓は1819年(文政2年)に焼失するが、1823年(文政6年)に片倉宗景によって独立式層塔型3重3階の三重櫓として再建された(高さ16.6m、天守台石垣9.85m)。明治初頭の廃城令により廃城処分とされ、ほとんどの建物は1874年(明治7年)に破却された。1995年(平成7年)3月には大櫓が木造復元されたが、内装は天守2階の階段に踊り場が設けられるなど当時と一部異なるが、ほぼ忠実に再現されている。
築城主:白石氏
築城開始年、完了年:鎌倉時代
廃城年:1875年(明治8年)
主な改修者:蒲生郷成
主な城主:白石氏、蒲生氏、上杉氏、片倉氏
遺構:石垣、門(移築)、蔵(移築)
復元状況:三階櫓、門、塀
<電車でのアクセス>
- JR東北本線・白石駅
- JR東北新幹線・白石蔵王駅
| エリア |
宮城県白石市
|
|---|---|
| 住所 |
宮城県白石市益岡町1-16
|
| 地図アプリで見る大きな地図で場所を見る | |
| URL | |
| 俗称 |
益岡城
桝岡城
枡岡城
|
| 作者 |
白石氏
|
