鳥取城
と周辺のフカボリ鳥取城
鳥取城は羽柴秀吉による兵糧攻め、いわゆる「鳥取の飢え殺し」の舞台となった城として知られています。現在、鳥取城正面入口には攻められた毛利方の城主である吉川経家の像が建てられています。天守台のほか、石垣や堀が遺構として残っており、城門が復元されています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:とっとりじょう
曲輪構成:梯郭式
縄張形態:平山城および山城
標高(比高):263.000m(--)
天守縄張、天守形式:複合式層塔型
天守の階数:2重2階、地下1階
天守の種類:非現存
天守メモ:
世にいう「鳥取城の飢え殺し」の頃の天守は1573年(天正元年)に山名豊国が守護所のあった天神山城から移した独立式望楼型3重だったが、関ケ原の戦いの後に池田長吉が入封した際に大改修された。このときの天守は1601年(慶長6年)に着工し、1602年(慶長7年)に完成したとされるが、1692年(元禄5年)に落雷で焼失した。その後は再建されず、二の丸の御三階櫓(独立式望楼型3重3階)を天守の代用にした。この御三階櫓も1720年(享保5年)に焼失し、1728年(享保13年)に層塔型で再建されたが、1879年(明治12年)に取り壊された。
築城主:但馬山名氏か?
築城開始年、完了年:天文年間(1532年〜1555年)
廃城年:1871年(明治4年)
主な改修者:吉川経家、池田長吉
主な城主:山名氏、吉川氏、宮部氏、池田氏
遺構:石垣、堀、井戸
指定文化財:国史跡
復元状況:門
<鳥取城の見学情報・施設案内(更新日:2014-06-03)>
休み(休城日・休館日):
年中無休
<電車でのアクセス>
- JR山陰本線・鳥取駅
<車でのアクセス>
- 中国自動車道・佐用IC
| エリア |
鳥取県鳥取市
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|---|---|
| 住所 |
鳥取県鳥取市東町
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| URL | |
| 俗称 |
久松城
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| 作者 |
但馬山名氏か?
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