明智城
と周辺のフカボリ明智城
明智城は明智光秀が生まれた城として知られています(諸説あり)。光秀は11歳で城主となり、斎藤義龍に攻められ落城するまでの30年近くをこの城で過ごしていたと考えられています。城址には本丸跡や曲輪・土塁などの遺構が比較的良好な状態で保存されており、明智城址散策道として整備され、春から秋にかけてはハイキングコースとして楽しめるようになっています。また、城址北麓にある天竜寺には日本一大きな(184cm)明智光秀の位牌と明智氏歴代の墓所があり、旧暦6月には光秀公御法要が営まれています。
提供元:(C)攻城団
よみがな:あけちじょう
曲輪構成:連郭式
縄張形態:山城
標高(比高):178.000m(80.000)
天守メモ:
建造されず
築城主:土岐頼兼
築城開始年、完了年:1342年(康永元年)
廃城年:1556年(弘治2年)か
主な城主:明智氏
指定文化財:市史跡
復元状況:模擬冠木門(大手門跡)
<駐車場について>
二の丸付近にあり
<駐車場について>
二の丸付近にあり
| エリア |
岐阜県可児市
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|---|---|
| 住所 |
岐阜県可児市瀬田長山
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| URL | |
| 俗称 |
長山城
明智長山城
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| 作者 |
土岐頼兼
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