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清洲城

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清洲城

清洲城は織田信長の居城として知られ、信長はこの城から桶狭間の戦いに出陣しています。信長の後継者を決める、いわゆる「清洲会議」が行われた城でもあり、歴史的にも大きな役割を担った城です。「関ケ原の戦い」の際には福島正則の居城となっており、東軍の後方拠点として利用されました。江戸時代に入って、徳川家康により清須から名古屋への遷府(清洲越し)が指令されると、清須城は名古屋城築城のための資材として解体されました。なかでも名古屋城の西北隅櫓は清須城天守の資材を転用して作られたため「清須櫓」と呼ばれています。現在、城跡の一部が「清洲公園」と「清洲古城跡公園」として整備されており、信長と濃姫の銅像が建てられています。また、1989年(平成元年)には町制100周年を記念して、模擬天守が築かれました。この模擬天守は東海道新幹線の車窓から見ることができます。
提供元:(C)攻城団

よみがな:きよすじょう
縄張形態:平城
天守縄張、天守形式:独立式望楼型
天守の階数:3重4階
天守の種類:模擬
天守メモ:
1586年(天正14年)頃に織田信雄によって築かれた天守は廃城にともない破壊。現在の鉄筋コンクリート造の模擬天守は1989年(平成元年)に建てられたもの。
築城主:斯波義重
築城開始年、完了年:1405年(応永12年)
廃城年:1610年(慶長15年)
主な改修者:織田信長、信雄
主な城主:斯波氏、織田氏、福島氏、徳川氏
遺構:移築現存櫓(名古屋城)、土塁
復元状況:模擬天守

<駐車場について>
無料

<電車でのアクセス>
- JR東海道本線・清洲駅

<車でのアクセス>
- 名古屋高速道路・清洲東IC

<駐車場について>
無料

エリア
愛知県清須市
住所
愛知県清須市朝日城屋敷1-1
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URL
俗称
清須城
作者
斯波義重

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分類 城
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