Search

検索

DIIIGのおでかけミッションで地域をフカボリしよう!≫

あなたも消防団に参加されませんか?

地域の安全を確保するためには 、

地域ぐるみの消防防災体制を図る必要がありますが、

消防団は地域住民により組織され、地域社会における

消防防災体制の中核として重要な役割を果たしています。

しかしながら、その一方で消防団員数の減少や

消防団員の高齢化等の問題が生じてきており、

その充実強化は喫緊の課題となっています。

あなたも、自分のまち、みんなの街ちを守るため、

消防団活動に参加してみませんか?

大学生も大歓迎です!

ご興味のある方はコチラからお問い合せください(面接有)



続きを読む →

Comment

コメント

もっとコメントを読む ∨

千二分団について

せんにぶんだん吹田市消防団 第二小隊所属明治22年4月1日町村制の施行に際し、佐井寺村・片山村を併合し千里山の名を採って 千里村(ちさと)と名付け、千里村字千里山となりました。 大正10年中、大阪住宅経営(株)の千里山住宅の開発と同時に北大阪電鉄により千里山 に路線が延長され、千里山駅が設置開設されました。 千里山は大正11年、12年と急激に住宅戸数を延ばし、大阪住宅経営(株)は田園都市の開発の合意のもとに消防組設置を地元有力者に依頼し、現在の千里山駅横に土地を提供、千里山消防組が発足されました。 昭和14年3月31日消防組を解散、防護団と合体し、警防団を編成、吹田市常備消防として組織され、昭和16年9月吹田市常備消防部を大阪府特別消防署に編入、吹田消防署と改称、同時に千里常備消防屯所を千里出張所に改称し、千里警防団もその下部に置かれた。 戦後の昭和22年4月警防団を改称し、消防団を結団する。同時に千里山消防組合発足となり、昭和24年吹田市消防団千里第二分団と改称し、昭和28年新田班(現在春日班)併合となる。その後名称を簡略化し、千二分団となり新田班は春日班となり現在に至り、その後 南消防署管内より西消防署管内に移り第二小隊として活動することになる。 現在の建物は昭和48年6月南消防署千里出張所、消防団千二分団合同庁舎として、平屋の建物だったものを二階建てに改築工事され、平成14年5月西消防署千里出張所が救急活動を組み込まれ、手狭となり関大前名神横に移転し、現在は千二分団のみの使用となる。
続きを読む